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2020. 03
2020.3.17 22:02, 22


❓🕷❓魔Babyバラバラ:🌹🌹YouTube

<SNSで好きな絵描きさんと仲良くなりたい人へ>
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こんばんは。やぎともこです。SNSのInstagram(インスタグラム)で「絵のリクエスト」が流行っているようですね。

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で、リクエスト絵についてなんですけど、絵描きさんの中には「描く人」もいれば「描かない人」もいます。絵を見るのが好きで、好きな絵描きさんと仲良くなりたい人は この話を前もって読んでおくと、無用な「いざこざ」や「すれ違い」が起きなくて便利ですよ。

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例え「とても人の目を惹く素晴らしい絵」を描いていても「自分で自分のことを絵描きだとは思っていない」方は大昔から星の数ほどいらっしゃいます。
この「本人の職業意識」についてのやぎともこの考え方をお伝えしますと「例えご本人がどうお考えになっていても」「その方は偉大なアートの製作者」という考えです。

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なぜならアートは「資本主義のビジネス・システム」から離れることが出来る「神聖な領域」(フィールド)だからです。
世界共通の法律である「著作権法」を見てもその事が証明されていますよね。

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学校で専門的に美術を勉強していた時から「私のこの考えは1mmも変わっていません」。プロとして人や企業から依頼された絵を制作していた時も「私はずっとこの考えでした」。
これは専門的にアカデミックな美術を幅広く学んだからこそ、芸術の本質を見抜く目が養われたとも言えるでしょう。
ありがとう学校。ありがとう先生。ありがとう大勢で列を成していた反面教師達。

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依頼された仕事の絵の場合、私は「イラストレーター」を名乗りました。しかしその時でさえ私は自分で自分の絵のことを「イラスト、イラストレーション」と呼ぶことはなく、自分では「絵」もしくは「私の絵」と表現していました。

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ホームページの自己紹介でも2001年に開設したその日から「やぎともこの絵のサイト」としか記していません。それでも編集の方や依頼される方は私の絵を「何の疑問も持たず、確認を取ることをせず(おそらくは大半の方が芸術の歴史的事実や知識を持たないまま)」「イラスト」「イラストレーターさん」と私の絵や私を呼びながら「100%向こうから」やってきました。私は心からそれを歓迎し受け入れました。

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捉え方は「受け手の自由」ですからそれは構いませんし、様々な「商業的な仕事絵の制作」は私にとってとてもとてもやりがいのある、誇らしく嬉しい仕事でした。

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ですが、ある1つの仕事で起こったことです。
今からやぎともこが「被害者として目撃」した、「人間に備わっている残虐性」と「凶器の言葉達」を、このねずみnoteに記します。長いですが「高貴な魂をお持ちの方」はお目通し頂けますと幸いです。


▼とある絵仕事の打ち上げの席にて、やぎともこに投げかけられた凶器の言葉

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私が拾ってあげなかったら、あんたなんか誰も相手にしないよ。

この言葉を投げかけられたのは私が「マガジンハウスのananの仕事」や「Yahoo! JAPAN関連のWEBの仕事」を受けた後でした。「誰も相手にしない」?どういう意味でしょう。「著作で賞などを取っていない」という意味でしょうか。

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あんたのブログなんか、誰も見て無いよ。

その方はホームページを見て私の絵を使う絵を決定したと「戸越銀座でつかまえて」という書籍の中に書かれていましたので、彼女は「矛盾した内容」を述べています。何が言いたいのでしょう。この言葉は「おかしな」発言です。

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(突然脈絡もなく)もう使ってあげないからね。

使ってくれと私からお願いしたことは一度もありませんでした(お願いしたところで通らないのが常です)。

彼女は「根本的勘違い」をしていました。その勘違いを私は「その場で指摘せず」に黙っていました。「もう使ってあげないからね」発言をした後、彼女は「私がどんな表情をしているか」を見る為に「俯いている私の顔」を「下から覗き込む動作」をしていました。

私が黙っていると「もう使ってあげないからね」というこの言葉を、彼女は私に向けて「2、3回リピートして」発しました。

希望国の皆さん、彼女は私に「何と答えて欲しかった」と思われますか? どなたか、お分かりになる方はいらっしゃいますでしょうか。

もしや私が「そんな事言わないで、どうか私の絵を使ってください、お願いです」と言うとでも思ったのでしょうか。私がそんな事を言う訳がないのはねずみnoteをご覧の皆さんのよく知るところですし「言う必要もない」事です。

ですので私は「もう使ってあげないからね」という彼女の言葉に対し「解りました」と「返答しました」。すると、彼女はその話題を続けることはせず、「違う話題」に話を変えてきました。「一旦人に恐怖を与えておきながら」相手は態度を変えてきます。

加害者の態度の「変わり様」を、事例として是非覚えておいてください。このような小さな変化が「人間の魔の心、誤魔化しの心」の証明になります。
ハラスメントの現場でどんな「凶器の言葉」を投げつけられたとしても、被害者が「巧みに仕掛けられた」ハラスメントに「自分で気付くことができれば」ご自身の「心の被害を最小限に留める」ことができるでしょう。


✍️クリエーターTIPS
使うイラストレーターやデザイナーを案件内容によってチェンジすることは各人のスケジュール的なことやプロモーション・制作において至って普通の事です。

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私たちのような「第一線」で頑張ってる人間(作家である自分と編集者)から見ると、アンタみたいなのが「楽しそうにしてるとイライラする」んだよ。

この発言を聞いたものの、自分では彼女が私の何を見て「楽しそう」と思ったのかは知る事ができませんでした。

思い当たる節と言えば、、そうですね、、その時、私は自分の作業机をDIYで仕上げていく様子を一コマ的な絵をつけながらブログ(ねずみnote)にアップしていましたので、もしかしたらその様子を見て「楽しそうな人生を送っている」と感じたのかもしれません。・・しかし彼女は「あんたのブログなんか、誰も見て無いよ」とも言いました。やはり、私のブログは見ていなかったのかもしれません。

では何故「やぎともこは楽しそうにしてる」と感じたのでしょうか。会ったり、連絡をこまめに取り合うなどの「仲」ではありませんでした。

「楽しそうにしているとイライラする」ということ。「幸せそうでイライラする」ということですね。
幸せそうだから、彼女はその幸せそうな私の心を 兎に角 痛めつけて「ブッ殺したかった」。


「楽しそうにしてるとイライラするんだよ」。この感情を、なんの躊躇いもなく「口に出したら恥ずかしい事」と「自分の力で認識することも出来なくなって」、言葉として他者に向かって放たねば「自身の気が済まない」程に作家の彼女の「精神状態」が「切羽詰まっている」ので「あるならば」、

もうこの生命体は「尊厳を持った人間」としては終わりを告げて(歯を食いしばる思いで頑張って作家にはなれたけど、生き物として果たせないことが多すぎて、無念すぎて、悔し過ぎて、ついにはその心は鬼に為り下がり)、違う生き物へと変化した

と、私は現場でかろうじて「自分の感覚」を「認識する」ことが出来ました。天からの「偉大な導き」に感謝します。

しかし、危殆(きたい)です。この言葉の中にある「アンタみたいなの」とは何を指すのでしょう。「みたいなの」とわざわざつけているということは「私だけではない」ようです。彼女の身近におられる「楽しそう」で「幸福そう」な方々は大丈夫ですか。彼女に「何かを仕掛けられて」いませんか。彼女は作家で「言葉を操る」事に長けてますから、アッと言う間に「自分が何かヘマをしてしまったのだ」と思うように仕向けられるという「極悪不毛な攻撃」を受けますよ。

既に被害を受けているようなら手を打たねばなりません。そして、このような「深刻な話」の時には関係の薄い方・第三者からの「セカンドアビューズ」が「必ず起こります」。

理由は「面倒なことに自分が関わりたくない」「話を聞いて自分が損をしたくない」。つまり「想像力と愛がない」為です。

人というのは「咄嗟の保身をします」。普段どんなに友好「的」で親切「風」あっても、私を含め「ほぼ全ての人間」がそれをしないと生きられません。

被害者の訴えを、能力・心・全てにおいて「まともに聴ける人材」は限られます。まず「愛」があるかどうか。そして「想像力」があるかどうか。「想像する力」や「持っている愛」が弱い人間に訴えても、さらに「被害者の心が深く切り付けられる」だけです。

私は「命のホットライン」的なところへ2回程電話をしましたが、全く機能しませんでした。もちろん気持ちは「八方塞がり」になり、心の傷はさらに深くえぐられました(セカンド・アビューズが現れました)。

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警告します。警告します。この「話」に今すぐ、今すぐ「耳を傾けてください」。
ありとあらゆる専門家を「信用してはなりません」。なりません。いけません。

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生命を本当に本当に「大切に思うならば」「信用してはなりません」。賞を取った。優秀な学校を出た。有名である。「肩書き」を持っている。素晴らしいデザインや作品を作っている。それらの要素に「だから能力の高い人なのだ」等の「勘違い」をしてはなりません。

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「専門家を信用してはいけない」その一例としての事例をこの「話」の下の方にある「オルビス連載担当編集者」の発言と共に記します。是非、マスコミ関係の方はお読み頂ければと思います。


しかし、「セカンドアビューズ」は悪いことばかりではありません。このことは「話を聞く側の本質と能力」が表に出てくる瞬間ですから、今後も「自分が付き合うに値する人間か」をジャッジする強力な材料になるでしょう。「ボンクラ」や「愛なき者」と交流しても「得るものは何もない」ですよ。

「魔」の連鎖を防ぐ為、よくない交流はマッハで捨てましょう。その点に於いて人間は植物となんら変わりません。一番の危険ゾーンは「家族や肉親」です。

「家族や肉親」だったとしても「悪いものは捨て去りましょう」。このことを私は被害を受けた者として、皆さんに強くお伝えします。もしや貴方は既に「最悪の事態」に陥っていませんか?貴方は「悪い連鎖」を「愛してしまって離れられない」ところまで来てしまってないですか?

「セカンドアビューズ」の言葉の意味をご存知ない方はいくつか調べておいてください。ご自分が「ハラスメントの加害者」にならなくて済みますよ。

「セカンドアビューズ」を正しく認識しますと、「ハラスメントの加害者」で「ない方」はこの世界に「皆無」であると貴方は知ることになるでしょう。


私はこのハラスメント事件の前に 一般的に言うならば「遅い結婚(晩婚)」を果たし、近況として彼女に報告をしていました。

この「私の果たした結婚」の件で彼女の私への態度が「掌を返したように」変わってしまったのです。
「何故でしょうか」。是、「この世の不思議」也。

本来ならば楽しい思い出になるはずの打ち上げの席に「招かれざる客・悪魔が同席してしまった」としか思えないですね。「悪魔」は何処に潜むのか。それは「人間の心の中に居ます。」例外はありません。

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わたしはあなたのような人を作家とは認めません。ただの普通の人です。

この発言について。私だけでなく誰もが「元々一般人」ですので、言葉に意味を持ち得ません。「普通の人」であることの何がいけないのか、私は未だに理解できておりませんし、理解するつもりもありません。

私は「輝かしい希望国の民」としての「誇りと存在の全て」を懸けて彼女の侮辱発言に対し「断固拒否の姿勢」を貫きます。

そもそも私は彼女に認めてもらう為に絵を描いていた訳ではありませんでした。私は彼女から仕事を依頼されるずっとずっと前から独り「黙々と」絵を描いて世界に向けて「WEBで発表」し、鑑賞者や同業者とも交流していました。

もしかして彼女は「私と同じ一般人」なのではなく、「自称・上級国民」という、時の「人食い人種」なのでしょうか。聞くところによると、なんでも「自称・上級国民」は「人の肉」を食糧としているそうではありませんか。
そのような恐ろしい事がこの地球で、日本で起こっているなんて「にわかに」信じられないことです。今回の作家の彼女がそうではないと信じたいですね。

ところで「作家」とは一体どういう方達なのでしょうか。ねずみnoteの読者の中にご存知の方、いらっしゃいますか。いらっしゃいましたら「挙手」願います(夜も更けてまいりました。苦情がきてもいけませんので、着席したままでお願いいたします)。

⭕️⭕️⭕️
私はあなたに絵をお願いしたことを後悔しています。

この発言について。過去、私は彼女とはいくつか仕事を共有したことがあります。その内の「どの仕事のこと」を言っているのかは今でも不明です。

されどこの強烈な(人間の持つ、邪悪な魂から発せられた)「言の葉」は、協力し合って歓び合い、称賛しあった「過去の自分たちの仕事」の否定であり、「侮辱する為に使われた」「凶器の」言葉です。「自分たちが歩んできた仕事そのもの」を否定するということは 是、即ち「人間存在・表現への否定」と同義になります。

この卑劣極まりない「人間存在・表現への根本否定」の「言の葉」を思い出すと、今でも私は、怒りで「身体中が震えてくる」のです。

この「身体が震える」「身の毛がよだつ」現象というのは、正に言葉通り、身体が「自身の身体を張って」私たちに「危険の存在」を教えてくれています。
ですから、今後もこの身体からの重要なサインとメッセージを「我々は大切にしていかねばなりません」。


果たして彼女は「私たち一般人」が敬意を払うべき「才能溢れる作家」であり、作家という「言葉のプロフェッショナル」なのでしょうか。

いいえ、決してそうは思えません。

私は全ての国、全ての人種に向けてこの、日本で行われたハラスメントの事例を通じ、WWWのフィールドにて「偉大なる疑問」を投げかけます。


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さて、私に向けて上記の人間存在への否定の言葉を発したのは、今 日本国内の様々なメディアでご活躍中の、写真家であり、作家である「星野博美(ほしの・ひろみ)さん」であります。
定かな所ではありませんが、テレビなどにもコメンテーターとして出演されたりしてらっしゃるのでしょうか。


上記に記したハラスメント事例は 2年間続いた、大手化粧品会社「オルビス」の会報誌の連載の「打ち上げの席」で起こりました。その席には担当されたフリーの編集の方(女性)も同席していました。その場にいたのは「星野氏、やぎ、編集者」の三名ということになります。

「オルビス会報誌での2年間の連載」の仕事の中で、やぎともこの絵が仕上がらなかった等のミスはありません。

打ち上げの会場である「東京は銀座にあるポルトガル料理店」に到着してから少しの時間で、私は「何か、場の雰囲気が変だ」と感じ取りました。その為、わたしは会の途中で編集者に下記の「確認を取りました」。

「何か、オルビス側と含めて(今回の仕事に)問題がありましたか?」
「いいえ!ないない、問題ないですよ。大丈夫です」


と、担当編集者は答えました。

✍️クリエーターTIPS
「制作の打ち上げ」というのは主には「みんなで力を合わせて協力し合った仕事お疲れさまでした、私たちは頑張りました」の意味を込めた「関係者による慰安会」のことです。

打ち上げが行われた日は年末、クリスマス近辺の日でしたので、私は「ウールで編まれた赤いカーディガン」を着て会場に向いました。そして会場では「友好の意」を示す為に「クリスマスなので赤を来てきました」と「発言」しました。

すると、星野氏と担当編集者の二人は「クリスマスなんて関係ない!」と、私の「友好の意の発声」に対して嘲笑的な態度を返してきました。

確か、、星野氏は「キリスト教系」の大学のご出身だったはずなのですが「クリスマスが関係ない」とはどういう趣旨の発言だったのでしょうか。

また、星野氏はこうも言われていました「クリスマスの時期は日本にいたくないので、海外仕事を入れるようにしている」、と。
週刊誌での連載の中でも書かれていらっしゃいましたが「クリスマスの持つムード」が酷く「自分の独りぼっちを際立たせる」という理由で、とてもお嫌いなようでした。そういう方もいらっしゃるでしょうね。

「恋の遣い」としてひとつご提案させて頂きますと「そこまで圧迫を感じてお辛い気持ち」なら、なおさら早急に「恋のお相手」をみつけなければなりません。例え貴方がお幾つでも遅くはありません。すればきっと「クリスマスも楽しめますよ」。


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「打ち上げ」の「数日後」、私がこの「悪夢のような出来事」とは「全く関係のない内容の記事」をブログにアップしたのを見たのを見計ってか、同席者の担当編集から私宛てに、次の文面のメールがきました。

「あの日」は楽しかったですね。「久しぶりの飲み会」で私は楽しかったです。

担当編集者は人がハラスメントされる様子が「楽しかった」と伝えてきました。「私たちは一緒に力を合わせる仲間」等の発言していらっしゃいましたが、仲間でもなんでもありません。編集者として保身しているだけの極めて「有害な人」です。

「悪を罰しない者は、悪をなせと命じているのだ。」(by レオナルド・ダ・ヴィンチ)


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ここで話は変わります。

私のホームページを通じて、オルビスの会員誌の最終回の絵を「もし可能なら売って欲しい」と申し出て下さった方がいらっしゃいました。

オルビスの仕事の絵にしろ何にしろ、私は「著作権放棄」の仕事は一切受けていません。自分が描いた絵を「どう動かすか」等の全ての権利はやぎともこが「所有」しています。

今回のオルビス担当編集者にも、コーヒーショップで行われた初顔合わせの時にこの事はしっかりとお伝えしておきました。

ですので私は「売って欲しい」という方の申し出を承諾し、この話を「よいニュース、全員で喜ぶことができる、慶事」として打ち上げの席で二人に伝えました。

数日後、電話で編集者と私との二人で絵を売ることについて話の続きがありました。

その時になって初めて編集者である彼女は著作権に明るくなかったことが判明しました。私は著作権の基本的知識もない編集者がいることにびっくりしましたし、

同時に「今まで自分が担当編集者の知識や能力を信用しきっていたこと」に対して、恐ろしさを感じました。

しかし共同作業にハプニングはつきものです。気を取り直して改めて私が電話口で著作権について彼女に説明したところ、

自分は編集として長いキャリアがある、その位のこと知っていますよ!

と怒り口調で返されてしまいました。只の「逆ギレ」です。こんな態度をして、恥ずかしくないようです。

「自分が今の今まで著作権に関する知識をキチンと持っていなかった」のが私にバレてしまったこと、又、年下であり(彼女から見て)メディア掲載等のキャリアの薄い私から「何かを教わる」のが彼女には「屈辱」に感じて怒り出しました。


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別件で、星野博美氏は自身のツイッターでも、私がネットやメディアで公表していない個人情報である「千葉県の南房総にある町の出身」であることを「私に何の断りもなく」多くの目のある場所でポストしてしまいました。

個人情報に対する彼女の「低すぎるネット・リテラシー」には、そうせずにはいられない、何か「言えない訳のようなものがある」のでしょうか。

さて、ねずみnoteの読者の皆さんは、星野博美さんがご自身の著作で書かれているような セルフ・イメージ「下町の人情味に溢れた」「正直で誠実な人」「モラリスト」「善意の人」であると思われますか?

残念ながら、私は逆立ちしてもそうは思えません。

打ち上げの席での星野氏の様子は「異常気性によるもの」に見受けられました。特に私を執拗に責めている時の「彼女の表情」を目撃した刻では私は「ハッキリと」その「目付きに異常」を感じ取りました。


そうなのです。「目は口ほどに物を言う」という昔からの「ことわざ」は、後世に生きる私たちに「危険物」に対峙する際の「真実を告げてくれていた」のです。

「言葉は生き物である」その通り。「言葉は生きています」。なんという大きな愛、「Great Love」なのでしょう。この「奇跡のような愛」に私は歓喜の声を上げずにはいられません。


All is The Great Love!All is The Great Love!All is The Great Love!
この世に生まれた、全てに感謝(愛の波動を胸に抱き、両手を大きく太陽に掲げながらの真言の発声)


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そう言えば星野さんの「飼い猫が亡くなった」時に「飼い猫の写真(写真家でもあるご本人が撮影したもの)が入ったお知らせのハガキ」届いたことがあります。

「仕事でとてもお世話になっている方の飼い猫」に対して「人間と同じ様にお香典を出すべきか」と迷いました。

翌年の星野さんへの年賀状については他の「猫好きの方」にも相談して(相談に乗って貰えて助かりました)も通常通りに書いてポストに投函しました(喪中ではないと判断をした為)。

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上記のハラスメント被害に合った後、私の甲状腺はパンパンに膨れ上がり、雪だるま式にやってきた「他のよくない出来事」とも重なって、私の精神や神経が回復するのには「それなりの月日」がかかりました。

私は彼女の携帯番号を「着信拒否設定」にしたままですし、星野博美氏からどのような連絡が来たとしても「開封したり、読んだりしない」と決めてそれを実行しています。

私という生命に対し、又「表現」にまつわるその仕事について「全否定の姿勢を向けてきた、忌まわしき人間の形をした魂を持つ生命体」と、もう二度と接触したくはありません。今度は「何をしてくるのか解りません」し、危険過ぎます。


長くなってしまいましたが、この凶悪なハラスメント事件が、全国に流通している週刊誌「週刊朝日」での星野博美氏の連載で多くの挿絵を描き上げた「我が身」に起こってしまいました。

これらの「星野」巡り合わせたるや、驚くべき奇跡。この天からの導きに対して感謝し、どこまでも精進して参りたいと私は「既に覚悟を決めております」。
そうです。私にはハーロックの後継者たるべく、生命を投げ打ってでも「守るべきもの」があるのです。


はてもさても 星野さんは文筆業は「ノンフィクション作家・ライター」であられるとのこと。素晴らしい賞をいくつも手にされたご経験もあってか、数々の著作や彼女の「言の葉」が日本国内のメディアで出回っているようですね。

恐ろしい魂のカケラが「私たちの暮らしの空間」の中に「浮遊している」という事実は「希望国首相」として大変に嘆かわしく「遺憾に思います」。

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<星野博美氏とやぎともこの表現の仕事についての歴史・年表>
2008年 週刊朝日「戸越銀座でつかまえて」挿絵
2013年 単行本「戸越銀座でつかまえて」装画
2015年 ORBISカタログ「わくわくを探しに」挿絵



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編集者や依頼をしてくる方々にとっての世界では私は「イラストレーター」なのですから、その方達とタッグを組んで一つの事を成し遂げる内は「イラストレーターのやぎ」として振る舞いましたし、それが「正しくよいことであった」と今でも確信しています。「悩みながら、苦しみながらも歩んできた」という揺るぎない自信を持って胸を張って言えることでもあります。そこに寸分の後悔もありません。

「偽りなき心」で一心に描き上げた仕事絵の数々を、私は「今でも」心から愛しています。

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で、話は最初に戻って、Instagramでのリクエスト絵については、不明な場合は受け付けてるか聞けばいいだけですから大丈夫ですよ。

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作者に聞かないで判断したい時は「これはリクエスト絵です」等の投稿がない場合や、プロフィールの欄に「受付中」と書いてない人はやってないと思っていいでしょう。「人からのリクエストを受け付けて制作する」というコミュケーション方法自体を「知らない(自分の中でその必要性を感じないから)」場合もあるんです。

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基本的にプロは無料では描かないです(気が向いたら描く人もいます)。そんなのハッキリ決まってないですし、決める必要もねえです和。それはクリエイター個人個人の「考えや気分」に拠るところですからね。

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ちなみに現在は「絵描き業を主にしておりません」。ちょいと総力を上げて取り組んでいる案件がありましてね。公表する「芸術作品」はたくさんあるので、それらをSNSに投稿しています。もっかInstagramにてテーマやムードに分けて3つのアカウントを稼働中です。

<関連リンク>
🌹🌹隠された魔を開ける話


<Yagi Tomoko Instagram account>
🐭nezumi_drawing(オリジナル・セレクト作品)
🎨famous_art_drawing(名画・美術アカウント)
👀me_eye_love(なぞなぞのアカウント)


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ミニ:なんか本体って「ホンモノのアーティスト」って感じ〜!
やぎ:「当たり前田のクラッカーは人に向けないように注意しようかっこいいジャンパー」
ミニ:「ジャンパー」に何か特別な思い入れがあるのでしょうか
やぎ:矢、ちょいと「宇宙刑事として」他の「重大な案件」を抱えておりましてですね・・モゴモゴ・モゴゴ・・

<👁関連リンク>
🌹🌹江戸川画爛の江戸浮世風絵図
ソース:勝 新太郎(オレちゃんピース)& ミニやぎ


ミニ:(様子を見て話題を変えて)⚡️🎤⚡️今回の「話」は五輪エンブレム元・審査員であるデザイナー「平野敬子風」スピリッツが炸裂していますね!
やぎ:(上がった心拍数を下げながら)「そうですね、まぁ⚡️👁⚡️無意識ではありますが、口調などコピーさせて頂きましたね。

やぎ:平野敬子さんとは実際にお会いしたことはなくって、これからもお会いする「👑機会」は「⛩来ない矢」もしれませんが、平野さん、「インテリジェンス風の口調」を私に教えてくださってありがとうございました!Grazie, Adoro l'Italia ! 🇮🇹」(中継用カメラに目線を送りながら)
ミニ:Grazie per il tuo commento Buona giornata! 🇮🇹

<関連リンク>
💘何よりも重要な話 〜 五輪エンブレムの話


やぎ:今回の「話」はとても長くなりました。「流れ」の中でないと「内容が伝わらなそう」で今のところ「個別に切り分けて」表現する力が私にはありません。内容が気になった方や、自分と似たような経験をされた方は少しずつお読み頂けたら嬉しいです。読んでくださった方、お忙しい中、お付き合いくださいましてありがとうございました。